宇宙xテクノロジー by Yspace

宇宙とテクノロジーについての解説

月面スポーツVRハッカソン!! ブログ第三弾!

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今回は月面スポーツVRハッカソンで私たちYspaceが提案しJAXA賞をいただいたVRコンテンツ「Yarinage MOON」を作るために考えた物理現象を紹介をさせていただきます!


「月でしかできないスポーツってなんだろう?」

前回はこのお題について書きましたので前回の記事を読まれてない方はこちらから!

https://yspace.hatenablog.com/


Yspaceは月と地球の違いについて、地形に着目しました。

月には、彗星か小惑星の衝突によるクレーターが多く存在し、液体の水も大気もプレートもないので、浸食作用がおこらずにずっとその形を残して存在しているといった特徴があります。

クレーターの大きさは様々で、直径200kmを超える巨大なものから直径数kmのものまであり、月全体で数万個もあるといわれています。

この数万個がデフォルトで用意されている地形の特徴を使わない手はない!ということで、このクレーターをフィールドとした何か新しいスポーツができないかと考えました。


次に、考えたのが月の物理特性です。皆さんもご存知の通り、月は重力が地球の1/6でかつ大気が地球の1/100とされています。この物理条件でみんなが必ず試してみたいと思うのは、物を投げたり飛ばしたりすることではないでしょうか。

筆者がもし月に初めて降り立ったならば、まずすることがジャンプ、そして次に石を見つけて遠くに投げることを試みると思います。

では、何かを投げる地球上のスポーツを考えてみます。
野球やハンドボール、バスケなどがそれに該当しますね。そもそも投げることを根本とした陸上競技といえば、砲丸投げ槍投げが思いつくと思います。

これらのスポーツでの投げるという動作は、月で行うと、
・軽く感じる
・飛距離が伸びる

といったメリットがあります。重力が1/6で大気がないということは空気抵抗が小さいということですから、飛距離は6倍以上!ずーっと空中をゆっくり飛んでいくモノの姿がみえることでしょう。

しかし、ここで考えなくてはならないのが、
「こんなに簡単に遠くに飛ばせるけど、遠くに飛ばすことを競い合って楽しいの?」
といった疑問です。

確かに、地球での陸上競技では、砲丸投げ槍投げも飛距離で競い合っています。しかし、月面では物を簡単に飛ばせるようになるので、飛距離自体に地球と同じような価値や面白みが生まれないのではないかと考えます。


では、月面では物を飛ばす際に、人々は何に価値を見出すようになるのでしょうか。

その答えは、「物を正確に飛ばす能力」になるのではないかとYspaceは考えました。

物を遠くに飛ばせるようになるのですから、それに伴って物を到着させることのできる空間は大きくなります。つまり、月面上では、これまでよりも何かを狙って投げるといった行為が難しくなるのではないかと考えます。

また、空気抵抗がないことによって、投げることが難しくなるものがあります。
それが、槍投げです。

地球上で槍は空気抵抗を受けてまっすぐ進むことができていたのですが、大気が薄い月面上では槍の姿勢が安定せず、回転させずに飛ばすのがとても難しくなります。

つまり、月面で槍投げを試みた際には、槍を遠くに飛ばすのは誰でもできるけど、狙ったところにまっすぐ飛ばすことはプロでないと難しくなるのではないかと考えます。正確に飛ばす技術に価値が生まれるわけですね。そこで、槍投げで的を射ぬくスポーツを考えることにしました。

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次に考えたのが、的です。的も月面と特徴を活かせばもっと面白くなるはずです。

まず、クレーターの地形の特徴が利用できると考えました。クレーターは穴の中心に向かって窪みができているので、プレーヤーがクレーターの中心にいてクレーターの端から的を転がせば、簡単にプレーヤーに迫りくる的を作り出すことができると考えました。そこで、転がりやすい球状の的をクレーターの端からプレーヤーに襲ってくるような状況を作り出すことを考えました。

この観点は、VR体験における没入感でもとても重要なポイントになります。

人間は、危機迫る状況に対して、本能的に防衛する機能があるため、迫りくる敵やものに対して本能的に攻撃したり、よけたりします。そして、人間が考える、つまり情報を処理する時間より危機迫る状況の展開のほうが上回ったとき、あせりが生じたり、パニックに陥ったりします。そして、頭の中が、その情報処理に支配されます。

これがどういうことかというと、つまり、ゲーム内の空間を処理する能力に手がいっぱいになってしまうので、知らない間に、自分がVRという仮想空間上にいた事実を忘れてしまうようになるのです。

そして、我を忘れて、ゲームに夢中になるわけです。これが、VR空間の中に「没入する」といった1つの要因になります。

脱出ゲームやお化け屋敷などのホラー要素のアトラクションが面白いのもこれと同じような原理だと考えています。思わぬハプニングやあせりから人間は情報処理に支配され、思わずその世界に入り込んでしまうのです。

月面のクレーターは周囲360度囲まれているため、的は四方八方からプレーヤーめがけてやってくるわけです。VRにとっては最高のシチュエーションですよね。また、クレーターの斜面が凸凹のため、的が落ちてくる軌道も予測しにくいことがより一層夢中させる要因になりうります。


月面のクレーターの特徴は、このような地形的なものだけではありません。宇宙工学的にもっと面白い科学的要素があるのです。

それは、熱(温度)です。

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Image Credit : NASA

月では、大気がほぼないので、熱は太陽光からの放射によるものかまたは、レゴリスと呼ばれる月の砂などの個体を通した伝熱によって伝わります。レゴリスと呼ばれる砂も伝熱の能力(熱を伝える能力)は低いとされているので、月の温度はほぼ太陽光からの放射に依存するとされています。

難しいことを書きましたが、つまり、太陽があたっている場所は暖かく、太陽光が届かないところはめちゃくそ寒いということです。

Yspaceのメンバー東北大学の学生のサポートを受けてクレーターの熱解析を行ってみました。すると、同じクレーターの中でも太陽光があたっている部分は50度程度と暑いのに対して、クレーターの底や太陽光が当たらない箇所については、マイナス200度近くになることがわかりました。

この結果にはびっくりしますよね。同じ1つのクレーターの中でもこんなにも温度環境が違うのです。
そして、これを月面スポーツに利用できないかと考えたわけです。

 

先ほどから登場している球状の的ですが、もし中が気体のバルーンだとしたら。

気体の状態方程式などからわかる通り、バルーンの体積は温度に大きな影響を受け、暖かい場所では気体が膨張し、膨らみます。逆に寒い場所では気体が凝縮し、小さくなります。

つまり、的の大きさ自体がクレーター内でいろいろと変化するわけですね。これはとても面白い!伝熱のスピードを考慮するとこの状態変化は急激には起こらないので注意が必要ですが、的であるバルーンの発射台を各異なる温度環境に置いたのなら。

異なる大きさのバルーンがプレーヤーをめがけて360度方向から迫ってきて、それを槍投げで正確に射貫くといったスポーツが成立するのではないでしょうか。


槍投げ陸上競技であることからわかる通り、スポーツ科学的にもとても面白い要素が含まれています。

まず、槍の力学として、投げる方向のベクトル、つまり投げる速さと向きによって槍の動きが大きく異なります。

また、槍は野球のボールなどと違い大きさと特徴的な形を持つため、剛体の運動として、回転運動が目に見えるところが面白い。槍を放つ際の手首の動きによって槍に伝わる角速度や角運動量が変化するので、正確にまっすぐ投げられるうまい人とそうでない人の差が出やすいのです。

ちゃんとした競技になりますね。

 

さらに、槍投げは一見腕の力だけを使っているように見えますが、実は上腕部の筋肉だけでなく、体幹である腹直筋や大胸筋、広背筋や下半身の大腿四頭筋なども利用し、全身を使ったスポーツであることも興味深いところです。

大会での試遊会でも体験者の方が汗をかきながら夢中で楽しんでいました。VR内にいるのですが、現実世界でも同じようにスポーツをしていて、全身を動かすトレーニングができるのです。

 

VR連動型フィットネスマシン「ICAROS」があるのを思い出しますが、同様に単純に楽しみながらフィットネスをする用途としても利用できますね。Yspaceの開発者のメンバーは2日間ずっと槍を投げ続けたので、大会後筋肉痛に悩まされました。


また、スポーツの性質上、上半身を利用してだけでも競技を行うことができるので、車いす陸上競技などの障碍者スポーツとしても利用できるのではないかと考えています。これは、自分自身の移動があまりなく、自身の運動が物に伝わり物がメインで動くといった競技の特徴が大きく貢献します。

 

この性質は、実はVRにとっても重要な要素となります。

VR空間上の物理現象と現実世界で感じる物理現象とをなるべく近づけてあげること」

これが、現状のVR開発において重要であると考えています。

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筆者は以前、VRの体験をした際にとても気持ち悪くなってしまった経験があります。VR内で繰り広げられている物理現象と実際の物理現象が異なっていたからです。

 

人間は、これまでの経験から視覚情報などを利用して次におこる現象を予測し次に起こる物理現象への準備をするといったことを無意識で行っています。

例えば、止まったエスカレーターに乗ってみると、とても変わった気持ち悪い現象を体験することができます。

普段はエスカレーターは動いているものとして経験をしてしまっているため、勝手に視界はエスカレーターが移動するものとして、動いた映像を予測し準備します。しかし、実際にエスカレーターが動いていないとその予測情報と実際に起こっている現象とが違っているため、結果的に気持ち悪くなってしまうのです。
この界隈の話は、逆転の眼鏡の話が有名ですので、興味がある人は調べてみてください。

つまり、VR空間上の物理現象と現実世界で感じる物理現象とが異なる場合、体験者は不快に思うことが多い。なので、サッカーやバスケなどのそもそもプレーヤーがたくさん動き回るようなスポーツでは、実空間でのスペースを確保することが困難なので、VRと実空間の物理現象をうまくリンクさせることが難しく、結果としてVR作品として向かないということになります。

もちろん、映画「レディ・プレイヤー1」などで登場していたように、未来ではハプティクスの技術が進んで、ランニングマシーンなどで大掛かりのスポーツもVRとして楽しめるようになるかもしれません。ただ、それはもう少し先の未来になりますね。


最後にスポーツの観点でいうと、観客にどう見えるかも重要なポイントになります。ではクレーターでの槍投げスポーツは観客にどのように映るのでしょうか。

それは、昔のコロッセオのようにフィールドの中心で戦う選手を応援するような感覚になるのではないでしょうか。古代ローマではコロッセオの中心で剣闘士が猛獣と戦う姿を楽しんでいました。月面でもそれと似たように、迫りくるバルーンを次々となぎ倒していく選手の姿が観客の目に留まるのではないでしょうか。

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現実世界でVRを体験している人を眺めるのも一興といえるでしょう。とくにVR体験者が夢中になって我を忘れれば忘れるほど、まわりから見ている人は面白く感じる傾向にあるようです。

夢中になりすぎて、近くのものにコントローラをぶつけそうになったり、人に見られていることを忘れて、口を大きく開けたり、独り言をしゃべってしまったり。そんなVRコンテンツに仕上げることができれば、とても完成度が高い作品といえるのではないでしょうか。


このような思想のもと、Yspaceのメンバーで月面スポーツ「Yarinage MOON」のVRコンテンツを制作しました。

ゲームとしての分かりやすさも加えるために、落下してくるバルーンは大きさに分けて色付けをしており、槍があたったら、バルーンが爆発して当たったことを明示することにしました。

槍も投げる手前のコントローラの速度で飛ぶ距離を調整し、投げる時の手の動きのベクトルから槍が飛ぶ方向や槍の角速度を計算しているので、現実世界の動きになるべくリンクさせたリアルな槍の動きを再現しています。

また、正確な槍投げのスポーツとして成り立たせるために、槍が回転してしまった際にはバルーンにあたっても割れない条件を足したり、初心者でも体験ができるように、ある一定の安定した投げるフォームをすればまっすぐ槍が飛ぶような仕組みも実装しました。

試遊会では、月面での槍投げのスポーツに加えて、地球のモードに切り替えて、物理現象が変わるとどのように変化するのかも参加者や審査員に体験してもらいました。


と、ここまで、Yspaceが提案したVRコンテンツの要素や考え方をつらつら書いてきましたが、ハッカソンでは発表時間が2分しかなかったので、これの1/6も伝えられませんでした(笑)
短い時間で伝えるって難しいですね。

もっと多くの人に体験してもらえるようにできたらなーと思って、現在Yspaceのメンバーで配信用のアプリなども検討してます。今後の情報を楽しみにしていてくださいね。

 

合同会社Yspace】
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